6月例会 大和三山

実施日 2017年6月4日

<コース概要>
畝傍(うねび)御陵前駅9:40 → 9:55第2代綏靖(すいぜい)天皇陵 → 10:10初代神武天皇陵 → 10:40畝傍山 → 11:00畝傍山口神社 → 11:15第3代安寧(あんねい)天皇陵 → 11:25第4代懿徳(いとく)天皇陵 → 11:30橿原(かしはら)神宮12:20 → 12:30久米寺 → 13:05第8代孝元天皇陵→ 13:50甘樫丘 → 14:45天香久山→ 16:20耳成(みみなし)山 → 16:50大和八木駅

<コース紹介>
平成29年6月の例会は、国の名勝に指定されている奈良の畝傍山(うねびやま)、天香久山(あまのかぐやま)、耳成山(みみなしやま)の大和三山に行ってきました。

周辺には、日本の初期の歴代天皇陵、神武天皇を祀るために創建された橿原神宮、久米寺等の神社・仏閣があるので、それらの地も散策コースに入れてあります。

今回は女性9名、男性11名の計20名が参加しました。

畝傍御陵前駅を出ると、右手に大和三山や甘樫丘(あまかしのおか)の位置を示した大きな看板があります。(写真01a)

看板の地図でコースを確認し、左手に畝傍山を見ながら、最初の訪問地の第2代綏靖(すいぜい)天皇陵に向かいます。(写真01b)

【 下のそれぞれの写真は クリックすると2段階拡大表示されます 】

01a 大和三山のマップ 01b 綏靖天皇陵に向かう
( 01a 大和三山のマップ ) ( 01b 綏靖天皇陵に向かう )

各天皇陵の入口付近には、天皇名が記載された宮内庁の表示板が立っています。(写真02a)

天皇陵の鳥居は伊勢神宮の鳥居と同じ形で、色は白に統一されています。(写真02b)

02a 綏靖天皇陵表示板 02b 第2代綏靖天皇陵
( 02a 綏靖天皇陵表示板 ) ( 02b 第2代綏靖天皇陵 )

初代神武天皇陵は、第2代綏靖天皇陵から南の畝傍山方面へ向かって15分ほどの所にあります。
県道161号から御陵入口を入り、広い砂利敷の参道を奥のほうへ進みます。(写真03a)

初代神武天皇陵の鳥居の前の広場は、先刻の第2代綏靖天皇陵の鳥居の前の広場に比べると広大で、鳥居も奥の通常の鳥居の手前に もうひとつ大きな鳥居が立っています。(写真03b)

03a 神武天皇陵に向かう 03b 初代神武天皇陵
( 03a 神武天皇陵に向かう ) ( 03b 初代神武天皇陵 )

神武天皇陵は畝傍山の北東側の麓にありますが、そこから畝傍山の南東側の登山口に向かいます。
登山口の手前には若桜友苑(わかざくらゆうえん) があり、畝傍山を見上げながら庭園の中を歩きます。(写真04a) (写真04b)

04a 若桜友苑と畝傍山 04b 畝傍山に向かう
( 04a 若桜友苑と畝傍山 ) ( 04b 畝傍山に向かう )

若桜友苑は旧海軍の戦没者の英霊を慰めるための慰霊公園で、二つの慰霊碑とは別に公園の奥には 『 絆の錨 』 が置かれています。(写真05a) (写真05b)

絆の錨の右奥の登山口から、畝傍山の山頂を目指して登っていきます。

05a 畝傍山の登山口 05b 登山口の絆の錨
( 05a 畝傍山の登山口 ) ( 05b 登山口の絆の錨 )

畝傍山の山頂近くの分岐点に説明板があり、畝傍山周辺の歴代天皇陵の位置と、香久山・畝傍・耳成の大和三山を歌った中大兄皇子(なかのおおえのおうじ) の万葉集の和歌が書かれています。(写真06a)

畝傍山の山頂からは、西南方向に金剛山や葛城山が見渡せます(写真06b)

06a 山頂近くの案内板 06b 山頂からの眺め
( 06a 山頂近くの案内板 ) ( 06b 山頂からの眺め )

畝傍山の登山口とは反対方向の西側に下ると、下山口に畝傍山口神社があります。(写真07a)
神功皇后が祭神として祀られており、神功皇后が応神天皇を出産した伝承により、安産の神として信仰されているようです。

神社境内の右手奥には、男性と女性を象徴する子宝祈願の石があります。(写真07b)

07a 畝傍山口神社 07b 子宝祈願の石
( 07a 畝傍山口神社 ) ( 07b 子宝祈願の石 )

畝傍山口神社から15分ほど南へ下ると、第3代安寧(あんねい)天皇陵があります。(写真08a)
鳥居周辺の造りは、第2代綏靖天皇陵の鳥居周辺とほぼ同じです。

さらに南東へ10分ほど離れた、次の天皇陵へ向かいます。(写真08b)

08a 第3代安寧天皇陵 08b 次の天皇陵へ向かう
( 08a 第3代安寧天皇陵 ) ( 08b 次の天皇陵へ向かう )

第4代懿徳(いとく)天皇陵は橿原(かしはら)神宮の近くにあり、陵墓の入口から一直線上に鳥居が見えます。(写真09a)

こちらも、鳥居周辺は第2代、第3代の天皇陵とほぼ同じです。(写真09b)

09a 第4代懿徳天皇陵 09b 第4代懿徳天皇陵
( 09a 第4代懿徳天皇陵 ) ( 09b 第4代懿徳天皇陵 )

第4代懿徳天皇陵から橿原神宮の西の参道の鳥居までは、わずか5分ほどです。(写真10a)

西の鳥居から橿原神宮の拝殿へ至る参道の右手には、大きな池が広がっています。(写真10b)

10a 橿原神宮の鳥居 10b 橿原神宮の深田池
( 10a 橿原神宮の鳥居 ) ( 10b 橿原神宮の深田池 )

橿原神宮の外拝殿の奥には、畝傍山が間近にせまって見えます。(写真11a)
 
外拝殿のお賽銭箱の前に立つと、広い中庭の奥に内拝殿が見えます。(写真11b)
内拝殿の奥は幣殿で、幣殿のさらに奥に本殿があります。
4月29日の下見の時には、この中庭で昭和の御代を顕彰する 『 昭和祭 』 の祭典が執り行われ、本殿では多くの参列者が 『 久米舞 』 等の厳かな神事を見守っていました。

11a 橿原神宮の外拝殿 11b 橿原神宮の内拝殿
( 11a 橿原神宮の外拝殿 ) ( 11b 橿原神宮の内拝殿 )

外拝殿と内拝殿の間は、長い回廊によって両側からぐるりと繋がっており、右手の回廊には 『 神武天皇御一代記御絵巻 』 という20枚の絵巻が展示されていました。(写真12a) (写真12b)

絵巻は日本書記を基に描かれていて、神武天皇が高千穂で誕生し、九州の宇佐から安芸(広島)、吉備(岡山)、熊野(和歌山)等を経て東征し、橿原で都を作って天皇に即位した後、崩御するまでを物語風に紹介しています。

12a 神武天皇絵巻 12b 神武天皇絵巻
( 12a 神武天皇絵巻 ) ( 12b 神武天皇絵巻 )

橿原神宮のすぐ南を走る近鉄南大阪線の線路を南に渡り、久米寺に入りました。

久米寺は推古天皇の眼病全快のお礼がきっかけで創建されたとのことで、久米寺の本堂の右の柱には『 推古天皇勅願所 』 という看板が掲げられています。(写真13a)

本堂の北側には、金色に輝く大日如来像があります。(写真13b)

13a 久米寺の本堂 13b 久米寺の大日如来像
( 13a 久米寺の本堂 ) ( 13b 久米寺の大日如来像 )

久米寺から東の甘樫丘に向かう途中、第8代孝元天皇陵に立ち寄りました。(写真14a)

こちらの陵墓には鳥居は見当たらず、宮内庁の表示板のみが孝元天皇陵であることを示しています。 (写真14b)

14a 第8代孝元天皇陵 14b 孝元天皇陵の表示板
( 14a 第8代孝元天皇陵 ) ( 14b 孝元天皇陵の表示板 )

孝元天皇陵から約45分ほど東に歩いて、甘樫丘 ( あまかしのおか ) に着きました。(写真15a)

甘樫丘の上からは、360度の展望が楽しめます。
歩いて来た方向を振り返ると、西の方角に畝傍山が見えます。(写真15b)

15a 甘樫丘に登る 15b 畝傍山の眺望
( 15a 甘樫丘に登る ) ( 15b 畝傍山の眺望 )

甘樫丘から北の方角には、これから登る天香久山 ( あまのかぐやま) が見え、その左奥に耳成山 ( みみなしやま ) が見えます。(写真16a) (写真16b)

16a 耳成山の眺望 16b 天香久山の眺望
( 16a 耳成山の眺望 ) ( 16b 天香久山の眺望 )

甘樫丘を下りて北へ20分ほど進むと、広い田園地帯の中に 『 大官大寺塔址地 』 と刻まれた石碑が立っています。(写真17a)
大官大寺は文武天皇が建立した国家の寺で、官寺の中でも最高位の官寺とのことですが、完成直前に火災で焼失したようです。

石碑の隣に掲示されていた発掘調査図によれば、大官大寺の境内の中であったであろうと思われる所を、天香久山 ( あまのかぐやま ) に向かって歩いて行きます。(写真17b)

17a 大官大寺跡 17b 天香久山へ向かう
( 17a 大官大寺跡 ) ( 17b 天香久山へ向かう )

大官大寺跡の石碑から20分少々で、天香久山の山頂に着きました。(写真18a)
山頂には、そこに立って国見して作ったとされる舒明(じょめい)天皇の和歌が併記された展望図があります。
展望図によれば、畝傍山の左手奥が葛城山で、右手奥の山々は二上山へ連なっています。(写真18b)

18a 天香久山の山頂 18b 香久山から見た畝傍山
( 18a 天香久山の山頂 ) ( 18b 香久山から見た畝傍山 )

天香久山の下山口には天香山( あまのかぐやま)神社があり、鳥居の近くには 『 ひさかたの天の香久山・・・ 』 と歌った万葉集の歌碑がありました。(写真19a) (写真19b)

19a 天香山神社の鳥居 19b 鳥居近くの歌碑
( 19a 天香山神社の鳥居 ) ( 19b 鳥居近くの歌碑 )

天香久山を後にし、藤原宮跡を通って耳成山 ( みみなしやま ) に向かいます。(写真20a)

耳成山の南側は公園として整備されていて桜の名所にもなっており、公園に面した登山口から登り始めました。(写真20b)

20a 耳成山に向かう 20b 耳成山に登る
( 20a 耳成山に向かう ) ( 20b 耳成山に登る )

山頂近くには耳成山口神社があり、拝殿の左手にはかなり古い和算の額が掛かっています。(写真21a)
神社から山頂までは3分ほどで、山頂には 『 明治天皇六演習御統監之地 』 という石碑と三角点があります。(写真21b)

21a 耳成山口神社 21b 耳成山の山頂
( 21a 耳成山口神社 ) ( 21b 耳成山の山頂 )

16時20分頃に耳成山から下山を開始し、最寄りの大和八木駅に向かいました。(写真22a) (写真22b)

大和八木駅には、16時50分頃に到着。9時40分頃に畝傍御陵前駅を出発してから、途中の休憩を含めて約7時間の歴史探訪でした。

22a 耳成山から下山 22b 大和八木駅へ向かう
( 22a 耳成山から下山 ) ( 22b 大和八木駅へ向かう )

大和三山や歴代天皇陵を歩き通して、神話的な日本創世記の歴史を肌で感じることができました。
 
幻の大官大寺や藤原宮跡などは現地を見渡しても往時を偲ぶことはできませんが、その痕跡を見ることで田園風景の中に雄大な建物を創造してみるのも面白いものです。

青空の好天にもかかわらず風は涼しく、絶好の散策日和でした。


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