11月例会 日吉大社

実施日 2016年11月27日

<コース概要>
比叡山坂本駅8:45 → 9:03日吉大社鳥居 → 9:07滋賀院9:17 → 9:23日吉東照宮9:28 → 9:40日吉大社入口 → 9:55西本宮10:03 → 10:16東本宮10:30 → 11:00生源寺

<コース紹介>
春は桜、秋は紅葉ということで、神戸ツキワ登山会の11月の例会は、滋賀県随一の紅葉の名所と言われる日吉大社へ行ってきました。

コース概要は下のルートマップに示す通り(写真01a)、日吉大社の境内の西本宮から東本宮に行く途中で『八王子山』へ登り、東本宮から先はもう一つの紅葉の名所である西教寺まで足を延ばす予定でしたが、あいにくの雨天のため八王子山と西教寺を断念し、上記の通りのコースとなりました。

今回は会員外3名を含む、女性17名、男性12名の計29名が参加しました。

JR比叡山坂本駅から日吉大社までは、西の比叡山の方向に向かって上り坂になっていて、途中に二つの石の鳥居があります。
二つ目の石の鳥居から先は日吉馬場と呼称されており、そこら辺りから紅葉が目立つようになります。(写真01b)

【 下のそれぞれの写真は クリックすると2段階拡大表示されます 】

01a 坂本散策ルートマップ 01b 日吉大社の石の鳥居
( 01a 坂本散策ルートマップ ) ( 01b 日吉大社の石の鳥居 )

日吉馬場は車道の両側に紅葉が続き、見ごろの状態です。(写真02a)

紅葉の下の歩道の左側には、『 石積みの門前町 』 といわれる坂本の石積みが続きます。(写真02b)

延暦寺の里坊の坂本には、古くから『 穴太衆(あのおしゅう) 』 という石工集団が住んでいて、大津市指定文化財として残されている石垣は『 穴太衆積み 』 と呼ばれています。
加工しない自然のままの石面を巧みに用いて、石積みの面を構成しているのが特色です。

02a 日吉馬場の紅葉 02b 日吉馬場の石積み
( 02a 日吉馬場の紅葉 ) ( 02b 日吉馬場の石積み )

紅葉と石積みを眺めながら日吉馬場の坂道を西へ数分歩くと、天台宗務庁への案内板があり、そこから左手南へ円教院や端応院の石積みを見ながら進むと、滋賀院への案内標識があります。(写真03a)

案内標識から右手に曲がると、一段と大きな石積みのある滋賀院に着きます。
滋賀院は延暦寺の本坊で、江戸時代末まで天台座主の居所であったため、滋賀院門跡と呼ばれています。
『 延暦寺事務所 』 という大きな表札が掲げられている通用門をくぐります。(写真03b)

03a 滋賀院への標識 03b 滋賀院門跡
( 03a 滋賀院への標識 ) ( 03b 滋賀院門跡 )

門をくぐって石積みの上を見ると、色鮮やかな紅葉が目に付きます。(写真04a)

滋賀院境内を天台宗務庁の方へ進むと、宗務庁玄関の向い側に根本傳教大師像があります。(写真04b)
根本傳教大師とは、比叡山を開山し、天台宗を開いた最澄上人のことです。

04a 滋賀院の紅葉 04b 根本傳教大師像
( 04a 滋賀院の紅葉 ) ( 04b 根本傳教大師像 )

天台宗務庁玄関前から右手に曲がり、慈眼堂に通ずる階段を上がります。(写真05a)
慈眼堂は、比叡山焼き討ち後の復興に尽力した慈眼大師天海を祀る廟所です。

黄色い銀杏の落ち葉で彩られた慈眼堂の横を、十三体石仏群の方に進みます。(写真05b)

05a 慈眼堂に進む 05b 慈眼堂の紅葉
( 05a 慈眼堂に進む ) ( 05b 慈眼堂の紅葉 )

十三体石仏は桃山時代に作られた四十八体の阿弥陀如来像のうち、十三体を近江鵜川から天海大僧正が江戸初期に移したものです。

十三体石仏の前には、慈眼大師供養塔のほか、桓武天皇供養塔、徳川家康供養塔、紫式部供養塔などがあります。(写真06a) (写真06b)

06a 十三体石仏群 06b 十三体石仏群
( 06a 十三体石仏群 ) ( 06b 十三体石仏群 )

紅葉の絨毯の様になっている滋賀院の南側から、門をくぐって権現馬場へ出ます。(写真07a)

権現馬場の坂道を、日吉東照宮に向かって上がって行きます。(写真07b)

07a 滋賀院を出る 07b 日吉東照宮に向かう
( 07a 滋賀院を出る ) ( 07b 日吉東照宮に向かう )

権現馬場の先の車道を渡って、急勾配の石段を登ると、日吉東照宮の朱塗りの唐門が現れます。(写真08a) (写真08b)

日吉東照宮は、徳川家康を大権現と讃えて、天海大僧正が縁の地に建てた東照宮のうちの一つです。
権現造りの様式は、日光東照宮に先立ち、その原型になったとされています。

08a 日吉東照宮 08b 日吉東照宮の紅葉
( 08a 日吉東照宮 ) ( 08b 日吉東照宮の紅葉 )

日吉東照宮から下って、北側の権現川を渡り、ケーブル坂本駅の前を下って石積みのある霊山院の方へ向かいます。(写真09a)

比叡山荘や霊山院のある筋の石積みは、見上げるほどの高さで保存されています。(写真09b)

09a 坂本ケーブル駅下の紅葉 09b 霊山院の石積みと紅葉
( 09a 坂本ケーブル駅下の紅葉 ) ( 09b 霊山院の石積みと紅葉 )

霊山院を北へ過ぎて再び日吉馬場へ抜けると、左手西に日吉大社入口の赤い鳥居が見えます。(写真10a)

赤い鳥居の奥の受付で30人分の団体割引き入苑協賛料を納め、境内を流れる大宮川に架かる大宮橋を渡って、明神鳥居の上に三角の破風が乗った山王鳥居をくぐります。(写真10b)

10a 日吉大社入口の鳥居 10b 山王鳥居
( 10a 日吉大社入口の鳥居 ) ( 10b 山王鳥居 )

山王鳥居をくぐり、神猿舎(まさるしゃ)を過ぎると、右手の猿柿越しに西本宮の桜門と本殿が見えます。(写真11a)

日吉大社では、猿は神の使いとされて古くから境内で飼われており、西本宮手前の柿は猿が好んで食べることから、猿柿と呼ばれているようです。
桜門の軒下四隅には、それぞれ違ったポーズの神猿が棟を支えています。

もみじ祭りの期間に合わせて、東本宮桜門前では菊花展も催さていて、西本宮桜門にも菊の花が添えられています。(写真11b)

11a 西本宮 11b 西本宮の山門
( 11a 西本宮 ) ( 11b 西本宮の山門 )

国宝の西本宮本殿を参拝した後、東本宮に通ずる門を出ると、宇佐宮があります。
西本宮(大宮)、東本宮(二宮)、宇佐宮(聖真子)は、日吉三聖と称されているようです。

宇佐宮の拝殿は、西本宮に向かう途中の山王鳥居の近くからも見ることができました。(写真12a)

本殿は拝殿の背後に位置し、日吉造りの典型的なものだそうです。(写真12b)
中には、見事な金色の神輿が納められていますが、普段は見ることができません。

12a 宇佐宮の拝殿 12b 宇佐宮の本殿
( 12a 宇佐宮の拝殿 ) ( 12b 宇佐宮の本殿 )

宇佐宮の一段下には、白山宮の本殿があります。(写真13a)
白山宮は日吉三聖に次いで格式が高いそうですが、日本三名山といわれる白山信仰の社です。
天台宗とは、山岳修行を行う修験道を通じて深い関わりがあったようです。

白山宮から東本宮に向かう途中には神輿収蔵庫があり、桃山時代から江戸時代にかけて作られた7基の神輿が展示されています。(写真13b)
年間最大の神事である春の山王祭は、7基の神輿を中心に執り行われるとのことです。

13a 白山宮の本殿 13b 重要文化財の神輿
( 13a 白山宮の本殿 ) ( 13b 重要文化財の神輿 )

神輿収蔵庫の斜め向かいには、八王子山への登山口がありますが、雨天のため登るのを断念し、東本宮に向かいます。(写真14a)

東本宮の本殿も国宝で、西本宮の本殿とほぼ同様の造り・色彩になっています。(写真14b)

14a 東本宮の桜門 14b  東本宮の本殿
( 14a 東本宮の桜門 ) ( 14b 東本宮の本殿 )

東本宮からは山の辺の道を経由して西教寺へ向かう計画でしたが、雨天のため西教寺も省略し、最終散策予定地の生源寺へ向かいました。(写真15a)

生源寺は最澄の生誕地といわれ、延暦寺の中でも特別な霊地とされています。(写真15b)

15a 生源寺の山門 15b 生源寺の本堂
( 15a 生源寺の山門 ) ( 15b 生源寺の本堂 )

生源寺の西側には、比叡山焼き討ちの際に、鐘がひび割れするほど打ち鳴らされたという鐘楼があります。(写真16a)
ひび割れした鐘は、『生源寺の破れ鐘(われがね)』として、JR比叡山坂本駅前の公園に移設されているそうです。

生源寺の東側には、見事な大銀杏の木があり、その隣には最澄の産湯に使ったといわれる古井戸があります。(写真16b)

16a 生源寺の鐘楼 16b 生源寺の銀杏
( 16a 生源寺の鐘楼 ) ( 16b 生源寺の銀杏 )

日吉大社の中は原則として食事禁止ですが、事前に許可をいただたいて、食事場所として大宮橋下流の紅葉の綺麗な場所を指定されていましたが、雨を凌ぐことができません。
このため、前日に天気予報を確認して、生源寺の近くのそば屋に予約を入れてありました。

予約後に分かったことですが、何ヶ所も電話を入れてやっと予約が取れた『本家鶴喜そば』は、創業三百年の伝統のある老舗でした。(写真17a)
大正天皇が皇太子の頃、明治天皇にお土産に持ち帰って以来、昭和天皇崩御まで宮中年越し蕎麦を納入したとのことです。

庭には楓が植えられていて、黄や赤に色付いていました。(写真17b)

17a 本家鶴喜そば 17b 鶴喜そばの庭
( 17a 本家鶴喜そば ) ( 17b 鶴喜そばの庭 )

【 省略ルートの紹介 】
雨天のために11月例会で省略したルートを、下見写真で紹介します。

日吉大社の境内には八王子山があり、山上の二つのお社の間にある金大巌(こがねのおおいわ)が、日吉大社の始まりの場所とされています。

八王子山の登山口は西本宮と東本宮の間にあり、登り口は石の階段になっています。(写真18a)
石段の先は広く整備された登山道になっいて、春の山王祭では神輿を八王子山の山上まで引き上げ、山頂から担いで下りるとのことです。

山上には左手に三宮宮、右手に牛尾宮があり、その間の奥に金大巌があります。(写真18b)

18a 八王子山の登山口 18b 八王子山の山頂
( 18a 八王子山の登山口 ) ( 18b 八王子山の山頂 )

山上からは、坂本の街並みや琵琶湖が見渡せます。(写真19a) (写真19b)
登山口から山頂までは、登り25分、下り20分程度です。

19a 八王子山から琵琶湖の眺め 19b 八王子山から下山
( 19a 八王子山からの眺め ) ( 19b 八王子山から下山 )

日吉大社から西教寺へは、東本宮の横を通って、山の辺の道へ抜けます。(写真20a)
途中には、日吉大社神域の『日吉古墳群』という古代の古墳群が見られます。(写真20b)

20a 山の辺の道 20b 日吉古墳群の跡
( 20a 山の辺の道 ) ( 20b 日吉古墳群の跡 )

日吉大社から10分ほど山の辺の道を進むと、『八講堂千体地蔵』があります。(写真21a) (写真21b)
八講堂跡から紅染寺跡にかけての広範囲で地蔵尊が出土してきたので、ここに集められたようです。

21a 八講堂千体地蔵 21b 八講堂千体地蔵
( 21a 八講堂千体地蔵 ) ( 21b 八講堂千体地蔵 )

千体地蔵からは、6~7分で西教寺の山門に着きます。(写真22a)
西教寺は天台真盛宗の総本山で、全国に400ヶ所あまりの末寺があるようです。

境内には、宗祖の真盛上人の幼少の頃の立像がありました。(写真22b)

22a 西教寺の山門 22b 宗祖真盛上人幼形像
( 22a 西教寺の山門 ) ( 22b 宗祖真盛上人幼形像 )

西教寺は明智家の菩提寺で、本堂の前には明智光秀や内室だった煕子(細川ガラシャの母)の墓や一族の墓があります。(写真23a) (写真23b)

23a 明智光秀一族の墓 23b 明智光秀一族の墓
( 23a 明智光秀一族の墓 ) ( 23b 明智光秀一族の墓 )

織田信長の比叡山焼き討ちでは西教寺も全焼し、坂本城主となった明智光秀が復興に当たっています。
現在の本堂は、江戸時代に再建されたものです。(写真24a)

西教寺でも猿は神の使いとされ、護猿(まもりざる)と呼ばれています。
西教寺のお堂の上には、猿の像があちこちに組み込まれています。(写真24b)

24a 西教寺の本堂 24b 本堂の上の猿の像
( 24a 西教寺の本堂 ) ( 24b 本堂の上の猿の像 )

西教寺から坂本の門前町への帰りの途中には袋古墳緑地があり、平成10年に発見された横穴式石室を持つ古墳三基があります。(写真25a) (写真25b)

25a 袋古墳 25b 袋古墳の説明
( 25a 袋古墳 ) ( 25b 袋古墳の説明 )

日吉大社の紅葉まつりの時期に合わせて計画した11月例会は、例会としては珍しく雨天となりましたが、事前申込者ほぼ全員が雨天決行で参加され、傘を差しながらも紅葉散策を楽しむことができました。

晴天であれば行く予定ではなかった『本家鶴喜そば』は、宮中御用達の味わいで好評でした。


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