9月例会 三輪山

登山日 2016年9月4日

<コース概要>
桜井駅9:20 → 10:05三輪山平等寺10:10 → 10:15大神神社10:25 → 10:30狭井神社10:40 → 11:40三輪山々頂 → 12:40 大美和展望台13:10 → 13:30桧原神社13:35 → 14:00大和の田園 → 15:00崇神天皇陵15:10→15:20柳本駅

<コース紹介>
神戸ツキワ登山会の9月の例会は、『日本最古の道を歩く』ということで、奈良県の三輪山のふもとを南北に延びる『山の辺の道』を歩き、途中で日本最古の神社と云われる大神(おおみわ)神社の御神体の三輪山に登りました。

コース概要は上記の通りで、桜井駅から奈良駅に至る『山の辺の道』の全コースのうち、今回は約半分の桜井駅から柳本駅に至る南コースを歩きました。(写真01a)
柳本駅から奈良駅に至る北コースの方は、来年の計画に織り込む予定です。

今回は会員外の4名を含め、女性13名、男性13名の計26名が参加しました。

山の辺の道は古事記にも記載され、歴史上の記録では日本最古の道とされていて、北行きの起点は三輪山の南、今の桜井市金屋付近です。
桜井駅を9時20分頃に出発し、仏教伝来の地や金屋の石仏がある金屋地区に向かいます。(写真01b)

【 下のそれぞれの写真は クリックすると2段階拡大表示されます 】

01a 山の辺の道マップ 01b 桜井駅を出発
( 01a 山の辺の道マップ ) ( 01b 桜井駅を出発 )

桜井駅から20分ほどで市街地から大和川に抜けると、山の辺の道の案内標識が目につきます。
大和川に架かる大向寺橋にさし掛かると、『 山の辺の道 直進 次の橋を渡る 』 とあり、川沿いに東へ約200mほど先にある馬井手橋を渡ります。(写真02a)

馬井手橋を渡り切った対岸が、仏教伝来の地です。(写真02b)

02a 大和川に架かる橋 02b 対岸の仏教伝来の地へ
( 02a 大和川に架かる橋 ) ( 02b 対岸の仏教伝来の地へ )

対岸には 『 佛教傳来之地 』 と彫り込まれた大きな石碑が立っており、その傍らに説明板があります。(写真03a) (写真03b)
説明板によれば、この一帯は古代大和朝廷の中心地で、西暦552年に百済から初めて仏教が公式に伝えられた地とあります。

03a 佛教傳来之地の石碑前 03b 佛教傳来之地の石碑
( 03a 佛教傳来之地の石碑前 ) ( 03b 佛教傳来之地の石碑 )

山の辺の道の要所に立つ案内標識を確認しながら、大神神社方面に向かいます。(写真04a)

三輪山のふもとには、緑が鮮やかな田園が広がります。(写真04b)

04a 山の辺の道を進む 04b 山の辺の田園
( 04a 山の辺の道を進む ) ( 04b 山の辺の田園 )

仏教伝来の地の石碑から10分ほどで、金屋の石仏が納められているお堂に着きました。(写真05a)
お堂の中には2体の石仏が岩に浮彫りされており、右が釈迦如来、左が弥勒菩薩で重要文化財の指定を受けていると説明板にあります。

お堂の右手には、龍華三會と彫り込まれた石碑が立っています。(写真05b)
龍華三會とは、釈迦の滅後56億年後に、弥勒菩薩が天上からこの世に現れ、龍華樹の下で3回の説法が行われる會座という意味の様です。

05a 金屋の石仏 05b 龍華三會の碑
( 05a 金屋の石仏 ) ( 05b 龍華三會の碑 )

金屋の石仏から5分ほど北へ進むと、三輪山平等寺があります。(写真06a)
曹洞宗の寺院で、かつては三輪明神(現:大神神社)の神宮寺(附属寺)であったようです。

本堂の右手には、釈迦像がある二重塔が色鮮やかに建っています。(写真06b)

06a 三輪山平等寺本堂 06b 平等寺二重塔
( 06a 三輪山平等寺本堂 ) ( 06b 平等寺二重塔 )

二重塔の廻りには、お釈迦様の弟子たちである十六羅漢の座像が取り囲んでいます。(写真07a)

山門の近くには、平等寺再興前のこの寺の前身である大三輪寺を建立した聖徳太子の立像があります。(写真07b)
境内の説明板によると、聖徳太子が賊徒を平定するため三輪明神に祈願し、賊平定後に十一面観音を刻んで寺を建立したのがはじまりとあります。

07a 十六羅漢像 07b 聖徳太子像
( 07a 十六羅漢像 ) ( 07b 聖徳太子像 )

平等寺の山門を出た所の山の辺の道の分岐に、『 歴史街道 』 と表示された案内板があります。(写真08a)
そこからは、通過した金屋の石仏まで0.3km、これから行く大神神社まで0.3kmと表示されています。

案内板から大神神社に向かって3分ほど進むと、左手に大神神社の末社である、赤い鳥居の三輪成願稲荷があります。(写真08b)
ここからは大神神社の社務所の建物が見え、大神神社境内案内図の右端に三輪成願稲荷が紹介されているので、ここまでが境内の範囲と思われます。

08a 歴史街道の標識 08b 三輪成願稲荷
( 08a 歴史街道の標識 ) ( 08b 三輪成願稲荷 )

三輪成願稲荷から真っすぐ進んで手水舎の横を通り過ぎると、大神神社の拝殿前に出ます。(写真09a)

大神神社には本殿がなく、三輪山をご神体とするため拝殿を通して三輪山を拝みます。

祈祷殿の広場の写真撮影用看板のある前で記念集合写真を撮影した後、三輪山へ登拝するため狭井神社へ通ずる 『 久すり道 』 を進みます。(写真09b)
くすり道の両側には、さまざまな薬草や薬木が植えられています。

09a 大神神社拝殿 09b 境内の久すり道
( 09a 大神神社拝殿 ) ( 09b 境内の久すり道 )

くすり道の階段を上がると狭井神社の鳥居が見え、その鳥居をくぐると狭井神社の拝殿が階段の奥に見えます。写真を撮影した時には、ちょうど神職の方が階段に向かう所でした。(写真10a)

狭井神社の拝殿で、入山許可の証である鈴の付いた 『 三輪山参拝証 』 の白いタスキ(白装束の代わり)を受け取り、飲食禁止・写真撮影禁止等の注意事項の説明を受けた後、タスキを首に掛け各自でお祓いをしてから登り始めます。
(写真10b)
登拝中は写真撮影禁止、他言無用なので、登拝口⇔中津磐座⇔奥津磐座(三輪山々頂)の往復約2時間の山行報告は省略します。

10a 狭井神社拝殿 10b 三輪山登拝前のお祓い
( 10a 狭井神社拝殿 ) ( 10b 三輪山登拝前のお祓い )

三輪山登拝後は、狭井神社の鳥居の近くにある茶屋で三輪そーめんを食べるグループと、大美和展望台で昼食を摂るグループに分かれます。(写真11a)

大美和展望台には、『 恋人の聖地 』 という標識がありますが、説明は英語で記載されているので、外国人向けの様です。(写真11b)
出会いの魔法を伝え、幸せな結婚を願う・・・とありますが、大神神社の縁結びの神様の神力に関係がありそうな表現です。

11a 恋人の聖地 11b 展望台から右手の眺め
( 11a 恋人の聖地 ) ( 11b 恋人の聖地の説明板 )

恋人の聖地から三輪山の反対側を眺めると、左手南の金剛山から右手北の二上山に至る山々が見渡せます。(写真12a)
手前の方には、天香久山(あまのかぐやま)、畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)の大和三山が見えます。(写真12b)
これらの位置は、恋人の聖地にある石盤に刻まれた大和平野の古代地図で確認できます。

12a 恋人の聖地の展望 12b 大和三山の眺め
( 12a 恋人の聖地の展望 ) ( 12b 大和三山の眺め )

恋人の聖地から狭井神社の鳥居の所まで戻り、山の辺の道を北へ進むと、玄賓庵(げんぴあん)という赤い標識がすぐ目につきます。(写真13a)
標識から10数分ほど田園や果樹地帯の道を歩くと、正面に武家屋敷風の石垣塀が見えてきます。(写真13b)

13a 玄賓庵への標識 13b 玄賓庵前を通過
( 13a 玄賓庵への標識 ) ( 13b 玄賓庵前を通過 )

石垣塀で90°進路を左へ変えて進むと、『 三輪山奥之院 玄賓庵密寺 』 と表示された門があります。(写真14a)
門の向かい側にある説明板には、ここに住んでいた玄賓僧都のことが記載されています。(写真14b)

桓武天皇や嵯峨天皇の信任が厚かったという玄賓僧都を題材にした『 三輪 』 という謡曲では、玄賓がここで三輪明神の化身である女性に乞われて衣を与えたことや、大神神社の拝殿前の衣掛けの杉の神木の由来の伝説が謡われているようです。

14a 玄賓庵の門 14b 玄賓庵の説明板
( 14a 玄賓庵の門 ) ( 14b 玄賓庵の説明板 )

玄賓庵から北へ4分ほど進むと、山の辺の道の観光案内の写真などで見かける『 山邉道 』 の標柱が目につきます。(写真15a)
そこから林の奥の明るい方を見ると、桧原神社の境内の遠景がまぶしく見えます。

13時半頃に桧原神社に到着しました。大美和展望台や狭井神社辺りから20分ほどです。
桧原神社は三輪山の中にある磐座(いわくら)をご神体としているので、本殿も拝殿もなく、大神神社と同様の三ツ鳥居の前で礼拝します。(写真15b)

天照大神をこの地から伊勢神宮へ遷したというこで、桧原神社は『 元伊勢 』 と呼ばれているそうてず。

15a 『山邉道』の標柱 15b 桧原神社に到着
( 15a 『 山邉道 』 の標柱 ) ( 15b 桧原神社に到着 )

桧原神社の境内から西の方を眺めると、ふたこぶラクダの形をした二上山が見えます。(写真16a)

神社の鳥居の傍らには、その二上山の説明板があります。(写真16b)
右の雄丘の山上には、天武天皇の皇子で二十四歳で亡くなられた大津皇子のお墓があるとのことです。

16a 桧原神社から二上山 16b 二上山の説明板
( 16a 桧原神社から二上山 ) ( 16b 二上山の説明板 )

桧原神社を出て巻向川を北へ渡り、しばらく県道50号線を歩いてから山の辺の道の遊歩道へ入ると、田園地帯が広がります。(写真17a) (写真17b)
大和の田園は、古代の条里制の名残りがある様で、整然とした感じがあります。

17a 大和の田園を進む 17b 大和の田園
( 17a 大和の田園を進む ) ( 17b 大和の田園 )

右手に竜王山を眺めながら田園地帯を歩いていると、『 崇神天皇陵 1.2km 』 という赤い標識が目につきます。(写真18a)

桧原神社から1時間半ほど掛けて、崇神天皇陵に着きました。(写真18b)
崇神天皇陵は、大和朝廷の創始者とされる第10代天皇の陵墓で、全長約360m、幅約230mの巨大な前方後円墳です。

大きすぎるので、ぐるりと周囲を廻っても、前方後円墳の形状には容易に気付きませんが、竜王山からだと古墳の全景が見えるようです。

18a 崇神天皇陵に向かう 18b 崇神天皇陵 入口
( 18a 崇神天皇陵に向かう ) ( 18b 崇神天皇陵 入口 )

前方部にある階段を上がって、崇神天皇陵の拝所に向かいます。(写真19a)
拝所には鳥居があり、生垣の囲いの中には『 崇神天皇山辺道勾岡上陵 』 と彫り込まれた石碑が立っています。(写真19b)

19a 崇神天皇陵の拝所へ 19b 崇神天皇陵の拝所
( 19a 崇神天皇陵の拝所へ ) ( 19b 崇神天皇陵の拝所 )

拝所には宮内庁が管理している柵があるので、鳥居の所までは行けませんが、木造の鳥居越しに墳墓を眺めると厳かな気持ちに浸れます。(写真20a)

今回の山の辺の道の南コースの見所はここが最後で、崇神天皇陵の拝所の階段を下りて柳本駅へ向かいます。(写真20b)

20a 拝所から古墳を眺める 20b 柳本駅へ向かう
( 20a 拝所から古墳を眺める ) ( 20b 柳本駅へ向かう )

崇神天皇陵から柳本駅へは10分ほどの下り坂ですが、約13kmの道のりを歩いてきただけに、先頭グループと最後尾のグループではかなりの距離が生じてしまいました。

一方通行の狭い道の民家の脇に、夏から秋にかけて咲くムクゲやハナトラノオの綺麗な花を見つけて、疲れが少し癒される思いでした。(写真21a) (写真21b)

21a ムクゲ 21b ハナトラノオ
( 21a ムクゲ ) ( 21b ハナトラノオ )

柳本駅に着いたのは、15時20分。桜井駅を出発してから三輪山の山頂を往復し、昼食休憩を含めて約6時間の山行でした。

台風の接近の影響で雨天を覚悟していましたが、当日は青空の快晴に恵まれ、楽しい歴史探索となりました。三輪明神の神力に感謝です。


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